円安を語るとき、つい「日米の金利差」が主役になりがちです。もちろん重要。ですが、それだけで説明しようとすると、いきなり矛盾にぶつかります。
世界全体で見るとドルが弱い局面でも、円は“弱いドルよりさらに弱い”──この現象が、ここ数年ずっと続いています。背景にあるのは、短期の金利差というより 「通貨の信用力(=覇権の設計)」と「国の競争力」 の話です。今回の記事は、ドル覇権の歴史(ポンド→ドル)と、金(ゴールド)回帰・制裁・米財政・人民元の限界までつなげて、円安を“構造”として理解するための地図を作ります。
ドルと円の地力で読む次のシナリオ
- 円安を見誤る最大の罠:「ドル高=円安」だけで考える
- “覇権通貨”はどうやって生まれて、どうやって壊れるのか(ポンドの教訓)
- ドルは一度「死んだ」のに、なぜ生き残ったのか(ブレトン・ウッズ→変動相場)
- ドル覇権を揺らす3つの圧力:財政・インフレ・制裁
- 脱ドルの現実:金(ゴールド)/人民元/新しい決済
- 日本側の問題:実質実効為替レートが示す“地力”の低下
- じゃあ、円安はどこまで続く?見るべき指標チェックリスト
- まとめ
円安を見誤る最大の罠:「ドル高=円安」だけで考える
ドル円は分かりやすい指標ですが、日本経済の“通貨の体力”を見るには不十分です。
そこで登場するのが 実質実効為替レート(REER)。これは「円が、複数通貨のバスケットに対して、物価差も調整したうえでどれくらい強い/弱いか」を示す指標です。日本銀行も、個別のドル円だけでは掴めない国際競争力の把握に有効だと説明しています。
実際、BISの実効為替指数(広範)を見ると、日本の指数は2024年に歴史的な低水準に達し、その後も低いレンジにとどまっています(FREDに掲載)。
ポイント
- 「ドルが弱い」=「円が強い」ではない
- 円は“世界全体”に対して弱くなっている可能性がある(=地力の問題)
“覇権通貨”はどうやって生まれて、どうやって壊れるのか(ポンドの教訓)
覇権通貨は、ただの「人気投票」ではありません。ざっくり言えば、世界の取引・投資・安全保障の“OS” です。
歴史的に見ると、英ポンドは金本位制と当時の経済・金融の中心地としての強みを背景に覇権を握りました。ところが第一次世界大戦を境に国力が損耗し、戦後の制度設計で無理を重ね、地位が揺らぎました(この“戦争×制度の無理”は、覇権通貨が崩れる典型パターンです)。
ドルは一度「死んだ」のに、なぜ生き残ったのか(ブレトン・ウッズ→変動相場)
ドル覇権は、戦後のブレトン・ウッズ体制で制度的に確立されました。ところが1971年、米国は金との交換(いわゆる“金の窓”)を停止し、固定相場制の土台が崩れます。これは実質的にブレトン・ウッズ体制の終焉を意味しました。
ここで重要なのが、国際金融の有名な制約 「トリレンマ(不可能な三角形)」。
固定相場/資本移動の自由/独立した金融政策──この3つは同時に成立しにくい、という考え方です。
それでもドルが覇権を保ったのは、制度が壊れてもなお、
- 市場の厚み(流動性)
- 決済の便利さ(ネットワーク効果)
- 安全保障やルールへの信頼
が“慣性”として残ったからです(そして、その慣性こそが今揺さぶられています)。
ドル覇権を揺らす3つの圧力:財政・インフレ・制裁
1) 財政拡大と「利払いコスト」の重み
ドルが弱くなる要因の一つが、財政悪化と利払い負担の増加です。米国では近年、利払いコストが税収に対して大きくなっていることが複数の分析で指摘されています。
2) インフレと“ドルの供給過剰”感
供給が増え、インフレが続けば、通貨の購買力への疑念が強まります。これが「ドルを持ち続ける理由」を弱めます。
3) 制裁の多用が生む「ドルを避けるインセンティブ」
経済制裁は強力ですが、副作用もあります。制裁回避のために、当事国がドル依存を下げようとする動き(=脱ドル化)が起きる、という指摘は公的レポートでも確認できます。
脱ドルの現実:金(ゴールド)/人民元/新しい決済
金(ゴールド):いちばん分かりやすい“信用の避難先”
金の特徴はシンプルです。誰かの債務ではない。だから信用不安が高まると買われやすい。
実際、世界の中央銀行による金購入は2024年も1,000トン超と報告され、複数年にわたって高水準が続いています。
ここでよく引き合いに出されるのが グレシャムの法則(悪貨が良貨を駆逐する)。価値が揺らぐ貨幣が増えるほど、“より信用できるもの”へ逃げたくなる、という直感と相性がいい考え方です。
人民元:伸びしろはあっても「覇権通貨の条件」が重い
人民元は存在感を増しても、覇権通貨になるには
- 資本移動の自由
- 巨大で透明な金融市場
- ルールと政治リスクへの信頼
が必要です。現在の外貨準備の通貨構成でも、ドルが依然として過半を占め、人民元は小さい比率にとどまっています。
新しい決済(例:ステーブルコイン等):ドルの“影武者”にもなる
面白いのはここで、新しい決済がドルを倒すというより「ドルを別ルートで使う」流れも生まれ得ます。BISは、ドル決済網へのアクセスが制限される主体にとって、ドル連動型の仕組みが魅力になり得る点を論じています。
日本側の問題:実質実効為替レートが示す“地力”の低下
ここまで読むと、「じゃあドルが揺らげば円は上がるのでは?」と思うかもしれません。が、現実は逆方向に走ることがある。
理由は単純で、比較は“ドル vs 円”ではなく、“円 vs 世界” だからです。
REERが示すように、円の実力が落ちているなら、ドルが弱くても円がもっと弱い、が起きます。
さらに、円安が続きやすい国の共通点として、
- 生産性の伸び悩み
- 競争力(稼ぐ力)の低下
- 人口構造の変化
- 実質金利がマイナスになりやすい政策環境
が絡み合います(ここが“金利差だけでは足りない”理由です)。
じゃあ、円安はどこまで続く?見るべき指標チェックリスト
相場を当てにいくより、「円安が長引く条件が揃っているか」を点検するほうが再現性が上がります。
毎月チェック(最低限)
- 実質実効為替レート(REER):円の地力が戻っているか
- 日米の実質金利感:名目より「物価を引いた後」が効く
- ドルの信認イベント:制裁・金融規制・財政ニュース
- 中央銀行の金購入・準備通貨シェア:脱ドルの温度感
見落としがちな“効くやつ”
- 市場の「流動性不安」(危機時はドル高・円高にならない局面もある)
- 資本フロー(債券市場にどっち向きの資金が来ているか)
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まとめ(この記事の結論)
- 円安を「金利差」だけで語ると、“ドルは弱いのに円がもっと弱い” という現象を説明できない。
- 背景には、覇権通貨ドルの設計(歴史・制度・信認) と、日本の競争力=円の地力(REER) がある。
- ドル覇権を揺らす圧力は 財政・インフレ・制裁。ただし「脱ドル=ドル終わり」ではなく、移行は基本的にゆっくり。
- だからこそ、今後の円安を読む鍵は「当て物」より REER/実質金利/準備通貨データ/金需要 を淡々と追うこと。
FAQ
Q. 実質実効為替レート(REER)って、結局なに?
A. 円を複数通貨に対してまとめて評価し、物価差も調整した“国際競争力っぽい円の強さ”の指標です。日銀も概念を解説しています。
Q. ドルの次は金?人民元?
A. 金は「誰の債務でもない」ので信用不安時に選ばれやすい。一方、人民元が覇権通貨になるには資本移動や市場の条件が重く、準備通貨シェアもまだ小さいです。
Q. 制裁は本当に“脱ドル”を進める?
A. 制裁回避の動機でドル依存を減らそうとする動きは、公的レポートでも整理されています。
参考(動画)
- PIVOT MONEY(宮崎正斗氏):ドル覇権の歴史と未来 (YouTube)
- PIVOT DIGEST(エミン・ユルマズ氏):金回帰・地政学と脱ドル (YouTube)
- 藤井厳喜氏:債券市場から見た金利と為替の逆説 (YouTube)
- 佐々木融氏(FFG):円の独歩安と政策制約 (YouTube)


